今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

貧民誕生

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医者たちが、役所の人たちに連れられて奥の建物に行ってしまうと、医者を連れて行った役所の人とは別の役所の人が、たくましそうな体つきをした男性2人と歩いてきた。

たくましそうな体つきの男性は、バスの運転手なのだろう。ゆみたちが乗っている大型バスの運転席に乗りこむと、エンジンや機材のチェックをしていた。運転手とは、別にそれぞれのバス担当の役所の人間が1名ずつ乗りこんできて、一番先頭のバスガイドが腰掛ける席についた。

「それじゃ、出発します!」

バスの運転手は、点検が終わったらしく、バスのドアを閉めると、エンジンをかけてバスを出発させた。

「お待たせしました。ただ今より皆さんを地上へとお連れします」

バスが出発すると、ガイド席に座っていた役所の人が立ち上がって後ろを振り向き、バスの皆に向かって言った。

役所の人間らしい丁寧な口調で話したのは、その言葉が最後だった。

「これから、おまえたちは、地上に上がったら、今後は貧民という人間のようで人間ではない生物になる」

役所の人は、バスの乗客たちに向かって、横柄な口調で言った。

「おまえたちは貧民だ。貧民というのは、地球人の最下級に匹敵する下等生物のことだ。おまえたち下等生物の貧民は、地上に上がったら、今後は貧民街という地域の中だけで暮らしていくことになる。もちろん、おまえたちに自由などない。一生、貧民街の中で死ぬまで飼い殺されることになる」

役所の人の説明は続いていた。

「もちろん貧民街から外に出ることは許されない。貧民街から脱走などしたって無駄なことだ。おまえたちの腕と尻には、おまえたちが貧民だという証拠の焼き印、アザがしっかり付いているからな。おまえたちが貧民だということはすぐにわかる」

役所の人は、バスに乗っている乗客たちをあざ笑うかのような目で見下していた。

「何を訳のわからないことを言っているんだ!」

「人権侵害で訴えるぞ!」

バスの前のほうの席に座っていた人が、役所の人間に抗議した。

と、次の瞬間、役所の人は背中に隠していたムチを取り出すと、そのムチを抗議した人の身体に思い切り打ちつけた。

「あっ」

抗議した人、ムチを打たれた人は、打たれたところを押さえて痛みに苦しんでいた。

「何をするんですか!?」

隣りに座っていた奥さんが、ムチで打たれた主人の身体をかばいながら、役所の人に抗議した。すると、今度は、その奥さんの方に、役所の人のムチが飛んできた。ムチに打たれた奥さんの方も、痛みに倒れた。

「いいか、おまえたち貧民に人権などない。いくらムチで打とうが、殴りつけようが貧民は石ころと一緒だから、警察もだれもおまえたちのことを助けにはこない」

役所の人は、ムチを持った手を自分の腰に当てながら、勝ち誇ったように乗客たちに告げた。そして、バスの中に設置してあるテレビでビデオを再生した。

ビデオの内容は、貧民というものについての説明ビデオだった。

ビデオによると、貧民は、人間たちの中からある日、突然変異的に誕生した下等生物らしい。貧民という下等生物には、生まれつき左腕とお尻に貧民特有のアザがあって、このアザがあることで、そいつが人間ではない下等生物の貧民だということが見分けられるとのことだった。下等生物の貧民は、地球政府により地球上から排除するという法律が制定された。

地球政府に制定された法律により、世界じゅうの各地域の貧民は、貧民街という地域内にまとめて管理されることとなった。貧民街の入り口には、常に24時間体制で警備員が常駐し、貧民が表に出ないように管理される。また、貧民の生殖活動は禁止され、今後、貧民が一切誕生しないように厳重に管理されることとなった。それにより、現在、世界じゅうに分布している貧民が絶滅した段階で、貧民は全て絶滅する計画になっていた。現在いる貧民が全て絶滅する時期の予定は、地球の、地上の街の建設、復興がある程度完了した辺りの時期になるのではないかと発表されていた。

貧民街に収容された貧民たちは、貧民街の外にいる人間たちから石を投げつけられようが、暴力を振るわれようが、下等生物である彼らに一切抵抗することは許されなかった。例えば、地上の復興で、何かムシャクシャしたことがあった人間が、腹いせに貧民のことを殴ったとしても、それは法的に一切問題のないこととなった。

「ビデオはここまでだ」

ビデオの再生が終わると、役所の人はビデオのスイッチを切りながら、バスの乗客たちに述べた。

ビデオを見たバスの乗客たちは、誰しもが、貧民制度のことをなんて勝手な制度なのかと思った。貧民に付いている腕と尻のアザとか言うが、それは生まれつき存在しているものではなく、自分たちに役所の人間が人工的に焼き印で押しつけたものではないかと心に思っていた。思ってはいたが、誰も抗議するものはいなかった。

抗議したら、また役所の人の持っているムチを打ちつけられることになっただろう。

貧民街につづく

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