今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

狭山湖マラソン

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最近は、またブータ先生が、ゆみの側に戻ってきてくれるようになっていた。

「もう、こっちの世界に来ていても良いんだ?」

ゆみは、ブータ先生に聞いた。

「ああ、おばあちゃんもおかげさんで、すっかり元気になってな。それよりも、1人こっちに残してきたゆみ殿のことのほうが心配でな」

ブータ先生は、ゆみに返事した。

「なので、直ちょくこっちに来ることにした」

ブータ先生は、ゆみに宣言した。

「それは、あたしもブータ先生が一緒にいてくれる方が嬉しいけど」

「そうか。しかし、おいらが向こうにしばらく行っている間、お前さん、おいらに手紙を書いてくれるの忘れたりしていないか」

「ああ、だって、いろいろ忙しかったりすると・・」

「まあ、おいらも、ゆみに手紙書くの忙しくて忘れているときもあるけどな」

「そうね」

「だから、やっぱり手紙を介すよりも、こうして直に会って一緒にいる方が良いだろう?」

「うん、そうだね」

ゆみは、ブータ先生に頷いた。

ブータ先生が、またゆみの家に戻ってきてくれたので、ゆみもなんとなく嬉しかった。家には小さなピアノが1台あった。そのピアノの前に座って、ブータ先生がピアノの上に乗っかってピアノを弾いている時間が、ゆみは最近は好きだった。

この小さなピアノは白い色をしていた。ブータ先生も白に鼻とか手の平とかだけ薄いピンク色だったので、ピアノの上に乗っている姿がとても似合っていた。

「ゆみ。このピアノどう?」

ゆみが、合唱祭で4組のピアノを担当すると知ったお母さんが、近所の楽器屋さんで小さなピアノを買ってきてくれたのだった。

そのピアノのおかげもあって、ゆみのピアノを弾く技術は上達していた。

「合唱祭、楽しみだな」

ゆみは、合唱祭でピアノを弾けるのが楽しみになっていた。

「ゆみ、行くよ!」

ジャージ姿の祥恵が玄関に立って、家の中にいるゆみに向かって叫んでいた。合唱祭は楽しみなのだが、その前にマラソン大会があるのだ。といっても、ゆみはマラソン大会は走れないので、ただの見学だったが。

「はーい」

ゆみは、ブータ先生と一緒に玄関に出てくる。

「行くよ」

「はーい」

ゆみは、玄関で自分の靴を履いている。

「あんた、それ持っていくの?」

「うん」

ゆみは、ブータ先生をバッグに入れながら答えた。

「別に、ぬいぐるみは部屋に置いてきたら?」

「大丈夫。ちゃんとバッグの中に入れておくから」

ゆみは、祥恵にお願いした。それに、どうせ部屋に置いてきたって、ブータ先生が勝手にマラソン大会の会場についてきてしまうだろう。

「行ってきます!」

部屋の中のお父さんと、見送りに出てきたお母さんに声をかけると、2人はマラソン大会に行くために出かけた。

「また、去年と同じ場所なの?」

ゆみは、井の頭線に乗りながら、祥恵に質問した。

「うん」

「去年とまったく同じコース?」

「そうよ。そうでなかったら、タイムの記録とか取る意味もなくなちゃうでしょう」

祥恵は、ゆみに答えた。

明星学園のマラソン大会が開催されるのは、毎年秋に狭山湖の湖畔だ。駅前の狭山湖畔からスタートして、ぐるっと湖を一周してきてゴールだった。

「去年は、お姉ちゃんが優勝だったよね」

「そうだね」

「今年も優勝してね」

「さあ、どうかな?他にも早い人いっぱいいるだろうし」

祥恵は答えた。

「祥恵殿なら、連覇できるぞ」

ブータ先生も、祥恵に言った。もちろんブータ先生の声は、祥恵には聞こえない。

「ブータ先生、お姉ちゃんならまた優勝できるって」

ゆみが代わって、ブータ先生の言葉を祥恵に伝える。

「そう、ありがとう。ブータ先生」

祥恵は、ゆみが抱えているブータ先生の頭を撫でながら返事した。もちろん、祥恵はまさか本当にブータ先生がそう言ったとは思っていないようだった。

「なんだか空しいな。おいらが応援したのではなく、ゆみが応援したのだと、おまえの姉ちゃんは思っているぞ」

ブータ先生が少し寂しそうに、ゆみにつぶやいた。

「大丈夫」

ゆみは、ブータ先生の頭を撫でてあげた。

「ゆみ。お姉ちゃんの手をしっかり握っているのよ」

祥恵は、井の頭線から中央線に乗り換えて、目的地の狭山湖のすぐ側の駅に着くと、ゆみの手をしっかり握りながら言った。

「去年、あんたは、お姉ちゃんの手を握っていないから迷子になったんだからね」

今年は、大混雑の狭山湖前の駅でも、祥恵がしっかり手を握ってくれていたので、ゆみもブータ先生も迷子にならずに済んだ。

ゆみは、祥恵に手を握られ、ブータ先生は、ゆみが肩からぶら下げているバッグの中に収まり、駅前の道を歩いていると、声をかけられた。

「ゆみちゃーん!」

まゆみと麻子だった。

「あ、麻子、まゆみ、おはよう」

ゆみも、祥恵と手を繋いでいない方の手を振りながら、お友だちに応えた。

「あ、甘えん坊だ。お姉ちゃんにしっかり手を握ってもらっているんだ」

麻子が、ゆみが握っている祥恵の手を見ながら笑った。

「去年だって、迷子になったんだものね」

ゆみの代わりに、祥恵が麻子に答えた。

「そういえば、そうだったね」

「でも、ちゃんと、あたしたちと会場まで行けたじゃん」

まゆみが、ゆみに言って、ゆみは大きく頷いた。

二連覇につづく

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