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61 8年のブータ先生
「あれ、ゆみ。ブータ先生のこと忘れてる」
祥恵は、1組のゆみの座っていた机の上に置かれているブータ先生のぬいぐるみに気づいて言った。
「本当だ。後で、私が届けておくよ」
ブータ先生の元持ち主のゆり子が、祥恵に言った。
「それじゃ、ゆり子、お願い」
「任せて」
ゆり子は、机の上のブータ先生を手に取ると、授業が終わるまで、自分の机の横に置いておいて、休み時間に4組へと持っていった。
「ゆみちゃん、忘れ物ですよ」
ゆり子が、4組の教室にいたゆみに声をかけた。
「あ、ブータ先生」
ゆみは、ゆり子からブータ先生を受け取り、両手で抱きしめた。
実は、今朝家を出てくるとき、ゆみはブータ先生をベッドの毛布の中に入れ、置いてきたはずだった。それが1組にいたということは、また例によって、ブータ先生が勝手に教室へやって来てしまったのであろう。
「それじゃ、次の授業始まるから、私行くね」
ゆり子は、ゆみと別れ、1組の教室に戻っていった。
「ブータ先生、あのね、あたし8年生からは4組になったんだよ。だから1組にはいないのよ」
ゆみは、クラス替えがあったことを知らないブータ先生が間違って、1組のクラスに行ってしまったのかと思って、机の下でこっそりブータ先生に話しかけた。
「・・・」
ブータ先生は、クラス替えのことを理解したのかしないのかよくわからないが、黙ったまま、ふんとゆみの方を見つめているだけだった。
ゆみは、先生に見つかると怒られるかもと思ったので、机の中にブータ先生をしまっておいた。そのブータ先生の姿がいつの間にか机の中から消えていた。
「あれ、ブータ先生・・」
2時限目の数学の授業のとき、思わず祥恵は、黒板の脇のチョークとか置いておくところに座っているブータ先生の姿に気づいた。
「だれだ?こんなところに、ぬいぐるみ置きっぱなしにしているのは」
先生が、黒板脇に腰掛けているブータ先生のぬいぐるみを持ち上げた。
「あ、すみません。妹のなんです」
祥恵は、手を上げて、先生からブータ先生を受け取ると、自分の机の中にしまった。
「え、さっき、私、4組に行ってゆみちゃんに渡してきたんだけど」
ゆり子が黒板の脇にいたブータ先生を不思議そうにしていた。
「それで、その後ゆみがゆり子と一緒に来て、また1組に置き忘れていったとか」
祥恵は、まったく自分の妹ながらしょうがないなと、ゆみのことを思っていた。
「え、そんなわけないでしょう」
ゆり子は、祥恵に言った。
「だって、ゆみちゃんに4組で渡した後、ゆみちゃん別に1組の教室に来ていないもの。ずっと休み時間が終わるまで4組にいたし、それで私だけが1組に戻ってきたんだから」
「でも、ブータ先生が勝手に1組に来るわけないし」
「それはそうだけどね」
ゆり子も、祥恵も不思議そうだった。
「ちょっと届けてくるわ」
2時限目が終わって、今度は祥恵がブータ先生を持って、4組のゆみに届けに行った。
「ゆみ、また忘れてるでしょう」
祥恵は、笑顔でゆみにブータ先生を手渡した。
「あ、ありがとう」
ゆみは、ブータ先生を祥恵から受け取った。なんで、また1組に行ったの?ゆみは、ブータ先生のことを睨んだ。ブータ先生は、ゆみに睨まれても、そんなことお構いなしって表情をしていた。
そして、3時限目の1組の授業中、世界史の依田先生が授業しているとき、またもや今度は、教室の後ろの方、ソファの上でブータ先生は発見された。
「あ、ゆみちゃんのぬいぐるみ。置き忘れてる」
今度は、ソファのすぐ近くの席の小倉夕子が発見した。
「ごめんね。ゆみったら、しょうがないな。届けてくるわ」
祥恵は、夕子からブータ先生を受け取ると、3度目の4組へ届けに行った。
1組の4時限目は、音楽の合唱の授業だった。4組のゆみのところにブータ先生を届けると、祥恵はそのまま音楽室へと移動した。
4時限目、音楽の授業を終えると、昼休みだ。お腹の空いた祥恵は、ゆり子や美和たちと急いで教室に戻って、お昼のお弁当を食べようと音楽室を出た。
「え、ブータ先生」
ゆり子が、音楽室の入り口、扉の上のところにいるブータ先生に気づいた。
「なんで、こんなところにブータ先生?」
祥恵は、きょう再度発見したブータ先生にため息をついてしまっていた。
「ゆみ。ここに来ているのかな?」
「いないでしょう。だって4組、教室で佐伯先生の国語の授業だったはずよ」
「そうよね」
祥恵は、扉の上のところにちょこんと置かれたブータ先生をジャンプして手に取ってから、つぶやいた。
「え、ゆみ?」
同じく音楽室から出てきた1組の恵子が、祥恵に聞いた。
「うん」
「ゆみなら、そこの音楽職員室にいたよ。馬宮先生たちとお弁当食べている」
恵子は、祥恵に告げた。
「あ、ありがとう」
祥恵は、恵子にお礼を言うと、音楽職員室の中を覗きこんだ。確かに、中では馬宮先生と一緒に、ゆみや麻子たちがお弁当を食べていた。
「ゆみ!あんた、またブータ先生置き忘れてるでしょう。しっかりちゃんと持っていなさいよ」
祥恵は、音楽職員室の中に入ると、ブータ先生をゆみに手渡しながら怒った。
「え、だって・・」
ゆみは、その後を、勝手にブータ先生がどこか行ってしまうのだものと続けたかったのだが、言わずにいた。祥恵は、ゆみにブータ先生を渡すと教室へ帰ってしまった。
奇怪な行動につづく