今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

ピアノとソーラン節

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「あら、ゆみちゃん」

お母さんは、合唱祭でゆみが出てきたとき、小さくつぶやいた。

ずっと、7年生の子たちが合唱しているところを聴いて感動していたあとで、次は8年生ですのアナウンスと共に4組の子たちがステージに並んだ。その後、ゆみがステージの前のところに置かれたピアノに着席して、指揮者の大友先生の合図で、ゆみはピアノを弾き始めた。伴奏が終わると、4組の生徒たちは、合唱を始めた。

「ゆみ。頑張ってピアノを弾いているじゃない」

演奏が終わると、お母さんはほかの観客と一緒に大拍手で4組の子たちを声援した。

「ここで、お昼休みになります。午後は1時から、引き続き4組の合唱からスタートになります」

会場の体育館内をアナウンスが流れる。

「午後から、また、ゆみの演奏が聴けるのか、私ももう少し残って、ゆみの演奏をぜんぶ聴いていきたいな」

そう思いつつも、早く病院に戻らないといけないと、お母さんは後ろ髪を引かれる思いで、体育館を後にした。

「そういえば、お父さん、今日の見学で張り切って、カメラを持ってくるって言っていたし、午後の演奏は、お父さんの撮ってきた写真で楽しませてもらいましょう」

お母さんは、本当は自分もこのまま残り続けたい自分に向かって、そう納得させていた。

「お昼だよ」

「祥恵、お弁当持ってきた?」

お昼休みになって、4組以外の8年生の生徒たちも体育館で4組の合唱を見学していたのだが、いったん中断、お昼となった。

「どこで食べる?」

「どこか、そのへんのステージ裏で食べようか」

「なんか体育館、混んでるね。お昼は教室に戻って食べようか」

生徒たちは、皆それぞれに仲の良い子たちとお弁当を食べ始めた。

「お昼か・・」

良明は、自分のバッグを抱え、ステージの裏側に入る。さっきまで合唱中は、ライトが消されて真っ暗だったステージ裏も明かりが点いて明るくなっていた。

ここも、あっちこっちで生徒たちが座って、お昼のお弁当を食べていた。

「ここは駄目か・・」

良明は、ステージ裏、体育館の裏に付いている裏口の扉を開けて、表に出た。体育館の裏には、小さな掘っ立て小屋がいくつか建っていて、それぞれの小屋の中にはマットレスとか跳び箱などの体育の備品が積まれていた。

「ここが、ちょうど良いか」

扉を開けて、1個の掘っ立て小屋の中に入ると、小屋の中を見渡す。跳び箱とバスケットボールが入ったカゴが置かれている。その脇にはマットレスも積まれていた。そのマットレスの上に座り込み、小屋の中を見渡す。

小屋には、窓が付いていないので、入り口にあるスイッチを点けて、天井にぶら下がった裸電球を点ける。窓が無いので、入り口の扉を閉めてしまうと、中に良明がいるとは誰にもわからなかった。

「いただきます」

そのマットレスの端っこ、跳び箱で陰になったところに腰掛け、バッグからお弁当を取り出す良明だった。お弁当を開けて、箸箱から箸を取り出す。

「うわ、なんか、ここ埃っぽいね」

小屋の扉が開いて、栗原淳子が中に入ってくる。栗原淳子は、小屋の中に入ると、小屋の扉を閉める。

「今日のお昼は、ここで食べる?」

扉を閉め、振り返った淳子が、良明に声をかけると、良明は、入ってきた淳子に驚き、あわててお弁当箱を蓋して、バッグにしまおうとしているところだった。

「もう食べないの?」

「いや、その・・」

おどおどしている良明の横のマットレスに腰掛けると、淳子も自分のバッグから弁当を取り出し、食べ始めた。

「食べないの?」

「え、うん」

良明も、もう一度、自分のお弁当をバッグから取り出すと、食べ始めた。最近では、毎日栗原淳子とはお弁当を食べているせいか、淳子の目の前では普通にお弁当を食べられるようになっていた良明だった。

「ただいま!」

お母さんは、病院の扉を開けると言った。

「お帰りなさい。ゆみちゃんの演奏はいかがでしたか?」

病院の受付を担当している衛生士の陽子が、お母さんに返事した。

「よかったわ。ゆみのピアノは1曲しか聴けなかったんだけど。ほかの7年生たちの合唱もステキだったわ」

「おお、帰ったか」

診察室から出てきたお父さんが、お母さんに言った。

「それじゃ、そろそろ俺は出かけてもいいか」

お父さんは、大きなカメラの入ったバッグを抱えて、自分のベンツの大型車に乗って出かけていく。

「先生。ずっと楽しみにしていたみたいで、午前中もずっとカメラの入ったバッグを診察室に置いて、時間が出来るとカメラを点検してましたよ」

「あら、そうなの」

陽子とお母さんは、笑っていた。

「午後の演奏が始まります!」

お父さんが、車で学校に着いたとき、ちょうど午後の部がスタートするときだった。中に入ると、ステージの前には、マットレスが敷かれていた。

大友先生の指揮で、ゆみがピアノを弾き、岩本や久美子たちが大きな和太鼓を叩く。それに合わせて、4組の皆がマットレスの上で、ソーラン節を踊り始めた。

「おお、すごいな。本格的だな」

お父さんは、4組のソーラン節に見入っていたが、やはり見学に来たお父さんなのだろうかが、マットレスの脇の撮影席でビデオやカメラを回しているのを見つけて、自分も撮影席に行って、バッグからカメラを取り出すと、ゆみのピアノを弾く姿とか、他の子たちの踊りを撮り始めた。

「次は、この曲か・・」

ゆみは、大友先生の指揮に合わせ、楽譜をめくってピアノを弾くのに必死で、お父さんが自分のことを撮っているのにぜんぜん気づかなかった。

その代わりに、前の席で見ていた祥恵は、自分のお父さんが撮影しているのに気づいた。

「あ、お父さん・・」

祥恵は、一瞬隣の席で鑑賞しているゆり子に、自分のお父さんのことを言おうかどうか迷っていたが、結局恥ずかしくて言えずにいた。

撮影鑑賞会につづく

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