今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

はじめての登山

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「お山、俺たちも登れるんだな」

ブータ先生は、学校から帰りの電車の中で、ゆみの膝の上で屈伸運動をしながら言った。

「え、ブータ先生も尾瀬に来るの?」

「はぁ?なんだ、おいらは行ってはいけないのか?」

「ううん。そんなことはないけど」

ゆみは、ブータ先生に答えた。

「でも、お山に登るのっていっぱい荷物を持って登らなきゃならないんだよ。ブータ先生まで抱っこできるかな」

「心配するな。おいらも、ちゃんと歩いてついて行ってやるよ。それに、おまえさんの分の荷物も半分持って登ってあげるよ」

「そうなの?それは、ありがとう」

ゆみは、ブータ先生の小さな身体を心配そうに見つめつつ答えた。ブータ先生に大きな荷物のリュックを背負えるのだろうか。

「あ」

ゆみは、自分の席の前で、つり革に捕まっている祥恵の腕を引っ張った。

「どうしたの?」

「きょう、ホームルームがあって、大友先生が、あたしも尾瀬山に行ってもいいって」

「そうなんだ。良かったじゃない」

「でも、大丈夫かな?あたし、登れるのかな」

少し心配そうに、ゆみは祥恵に聞いた。

「そうね。まだ夏休みまでは、少し時間があるし、それまでちゃんと体調を整えておいて、お医者さんにも行っても大丈夫って言われたら行くようにすれば良いんじゃない」

「うん、そうだね」

ゆみは、東松原駅に着いて、祥恵と井の頭線を降りた。

「なあに、ゆみも尾瀬山に行けることになったの?」

家に帰ると、ゆみが話す前に、お母さんが話してきた。

「うん」

「良かったわね。それでは、お山に登るための準備もしなくちゃね」

お母さんは、早速、吉祥寺のデパートから取り寄せた子ども用の登山グッズが載っているカタログをめくりながら楽しそうに眺めていた。

「お母さん、おやすみなさい」

ゆみがお風呂から出てきて、夜9時なのでパジャマに着替え、ベッドに向かった後も、お母さんは夕食後の片付けの後に登山グッズのカタログを眺めていた。

「お母さん、いつまでそれを眺めているの?」

祥恵は、お母さんに声をかけた。

「ね、祥恵。見てよ。これなんか可愛いと思わない?ゆみに似合いそうよね?」

お母さんは、カタログの登山用リュックを指さしながら、祥恵に尋ねた。

「そうだね。でも、それじゃ大きすぎて、ゆみに抱えられないでしょう」

「そうか。もう少し小さい方が良いか・・」

お母さんは、カタログのページをめくっていた。

「ね、祥恵。山用のスカートってあるんですってよ」

「それは、あるかもね」

祥恵は、お母さんに適当に答えた。

「見てよ。これ。山用のスカートって、ズボンの上から履くようになっているのよ」

「それは、そうでしょうね。動きづらいもの」

祥恵は答えた。

「そもそも、ゆみはスカート嫌いでしょう」

「だからよ。山用のスカートならば下にズボン履くから、スカート嫌いなゆみでも履けるんじゃないかなって思ったの」

「ふーん」

「良い考えだと思わない?」

「そうね。ゆみに聞いてみれば」

祥恵は、さして興味なさそうに答えた。

「なんだか、随分と登山グッズに夢中だね」

そんなお母さんの様子をみて、新聞を読んでいたお父さんが言った。

「ね、なんか、まるでゆみじゃなくて、お母さんが登山に行くみたい」

「ゆみとお母さんは、一心同体ですからね」

お母さんは、祥恵に答えた。

「そんなに登山グッズ探すなら、俺も船用のマリングッズ買ってもいいかな」

お父さんは、お母さんに言った。

「あ、だったら、私も新しい登山リュック買ってほしいかも」

祥恵もお父さんに便乗していた。

「ダメですよ。無駄遣いは」

お母さんは、2人に返事した。

「祥恵は、7年のときに登山リュック買ってあげたばかりでしょう。夏の登山っていっても、まだ2回しか使っていないじゃない。お父さんだって、マリングッズって、いったい何がほしいのですか?」

「いや、別に・・」

お父さんは、もごもごつぶやくと、また新聞に視線を戻していた。

「登山用品を見に出かけようか?」

お母さんは、日曜の午後、ゆみに声をかけた。

「祥恵も一緒に行って、何が必要かみてくれない?」

そして、お母さん、ゆみに祥恵も一緒に、お母さんの車で吉祥寺のデパートまでお買い物に出かけた。

「これ、提げてみなさい」

お母さんは、登山売り場にあったリュックを一つ手に取って、ゆみの背中に提げさせる。

「どう?」

「どうって?」

「重たくない?」

「ぜんぜん重たくない!」

ゆみは、お母さんに答えた。

「重たくないって、重たくないの当たり前なんですけど。そのリュック、まだ中身空っぽなんだから」

祥恵は、2人に言った。

「それはそうですよね」

側に立っていた店員が、3人に声をかけてきた。

「良かったら、中身を少し入れて提げてみますか?」

店員は、リュックの中に、店にサンプル用に置いてあった適当な着替えの服などを入れてから、お母さんに渡した。お母さんは、ゆみの背中に提げてみた。

「うわ、重たい。立ち上がれない」

急に背中が重くなったゆみは、腰掛けていた店のソファから立ち上がらなくなっていた。

「ちょっと重すぎたかな?」

店員は、リュックの中から荷物を少し取り除く。

「どう?軽くなった?」

「うん、さっきよりは軽いかな?でも、まだ重い」

ゆみは、お母さんに答えた。店員がさらにもう少し荷物を取り除く。

「うん、軽くなった」

ゆみは、リュックを背負って立ち上がってみたが、まだ少し重くて思うように動けない。結局、ゆみが動けるぐらいまでリュックの中身を抜いてしまうと、リュックの中には殆ど何も残っていなかった。

「ね、これじゃ何も持たずに登るの変わらなくない?」

祥恵は、それを見て笑った。

「そうね」

だからといって、それ以上、リュックの中に物を詰めてしまうと、今度はゆみが歩けなくなってしまう。

「いいよ。ゆみはリュックを背負わなくても、私がゆみの分の着替えとかもリュックに背負って登るから」

「そうね。その方が良さそうね」

お母さんも、祥恵の提案に賛成して、結局リュックは買わずに、その日は地下の食料品売り場で夕食のお買い物をして終わりになった。

部屋割りにつづく

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