今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

54 サプライズ

もっと詳細を確認する

「お母さん、ここ空いている?」

ゆみは、合唱祭の父兄席にお母さんの姿を見つけて、声をかけた。

「空いているみたいだけど、学生は前の席に座るんじゃないの?」

「あたし、どうせ見学だけだから、佐伯先生がどこで見ていても良いって言うから」

ゆみは、答えた。

「そう。じゃ、お母さんと一緒にここで見ようか」

お母さんは、ゆみのことを隣の空いている席に座らせた。

午前中は、8年、9年の上級生が歌い、7年生は午後からだった。そして最後に、全学年で合唱して終わることになっていた。

ゆみは、ずっとお母さんの横で皆が歌っている姿を眺め、お昼休憩になったら、お母さんが作ってきたお弁当を一緒に広げ、食べられて幸せだった。

「学校って、いつもこうだったら良いのに」

「いつも、こうって?」

「お母さんと一緒に授業を受けて、お母さんとお弁当を食べて・・」

「まあ、ゆみったら。それは、お母さんも毎日ゆみとずっとそうやって過ごせたら嬉しいけど、それじゃ、ゆみちゃんはいつまで経っても成長できないじゃない」

お母さんは、ゆみのことを笑った。

「午後の部が始まります」

体育館内の会場に放送が流れて、合唱祭の午後の部が始まった。

午後の部は、7年生の合唱からのスタートだった。1組から4組まで順番に歌って、最後に7年生全員で合唱し、その後、中等部全校生徒で合唱して終了となるのだ。

「お姉ちゃん」

ゆみは、ステージの上に立っている1組の皆の中に、祥恵の姿を見つけた。

「お姉ちゃんの歌はじまるわね」

お母さんも、ステージの上に注目していた。

「おい、麻子君。ゆみ君はどこにいるか知らないか?」

「え、今日は、朝の朝礼の時に教室で会ったけど、その後はずっと見ていない」

1組の合唱が終わって、ステージ上では1組と入れ替わって2組の生徒たちが並んでいた。1組の合唱が終わって、ステージ裏に降りてきた麻子に大友先生が声をかけたのだった。

「お、鳥居。おまえは見ていないか?」

「いいえ、見ていません」

鳥居も大友先生に答えた。

「もしかして、どうせ自分は出演しないからって、帰ってしまったのか」

「1人で帰らないでしょう。いつも帰りは祥恵と一緒だもの」

「そうか」

1組の皆は、大友先生と一緒にゆみの姿をステージ裏で探していた。

「お、祥恵。ゆみのこと知らないか?」

大友先生は、姉の祥恵の姿を見つけて、質問した。

「え、ゆみですか?」

「どこにもいないのよ。もしかして、見学だけだし帰ってしまったのかな。って皆で話していたの」

真弓が、祥恵に言った。

「ああ、もしかしたら、ゆみなら父兄席に来ているお母さんのところに一緒にいるかもしれない」

祥恵は答えた。

「呼んできますか?」

「そうだな。まだまだ4組までの合唱が終わってからだから、急ぐ必要はないけど、準備とかもあるし、ここに連れてきておいてくれるか」

大友先生は、祥恵にお願いした。

「わかりました。呼んできます」

祥恵は、大友先生に返事すると、ステージ裏から体育館の中に入り、父兄席の中に、ゆみの姿を探した。

「ゆみ!」

「あ、お姉ちゃん。合唱、上手だったね」

ゆみは、祥恵に声を掛けられて、返事した。

「そんなことより大友先生が、ゆみのことを呼んでる」

「大友先生が?」

「うん。ステージの裏にお出で」

祥恵に言われて、ゆみは祥恵と一緒にステージの裏に向かった。ステージの裏に行くと、1組の皆がいた。

「ゆみちゃん、どこに行っていたの?」

麻子に早速声をかけられた。

「お母さんのところ。どうせ、見学しているだけだから」

「ダメよ。見学だけじゃないんだから」

「え?」

麻子に言われて、ゆみはなんだかわからないでいた。しばらく、ステージ裏でクラスの皆と一緒にいると、ステージ上では2組、3組そして4組の合唱が終わった。

「次は、7年生全員による合唱なのですが、その前に1組の生徒さんによる特別合唱があります」

会場の放送がアナウンスされた。そして、1組の生徒たちは再びステージ上に上がった。ゆみは、1人ステージ裏に残されてしまっていた。

「合唱は1組の皆さん、ピアノは1組の今井ゆみさん」

会場のアナウンスが流れた。

「え?」

ゆみは、会場から聞こえてきたアナウンスに驚いてしまった。なんで自分の名前が呼ばれたんだかよくわからなかったのだった。

「さあ、行くぞ」

「え、どこに?」

「ほら、早く」

大友先生に言われて、ゆみは先生の後についてステージ壇上の脇に置いてあるピアノの場所に行った。そこは、ステージ上の1組の生徒たちが並んでいるひな壇の前に置かれたピアノの前だった。間宮先生がピアノの前に腰掛けて、待っていた。

「さあ、弾こうか」

「え?弾けないよ」

ゆみは、大友先生に言った。

「弾けるだろう。翼をください」

「え、でも・・」

ピアノの脇にいた馬宮先生が、ピアノの上に置かれたメトロノームを、いつもゆみが弾いているときのゆっくりしたペースに合わせてくれた。

「ほら、一緒に弾こう」

馬宮先生が、ゆみと一緒にピアノの前の椅子に座る。大友先生は、1組の生徒たちが立っているひな壇の前に行くと、指揮棒を振り始めた。お昼休みに、間宮先生と一緒にピアノの練習はしていたとはいえ、いきなりのぶっつけ本番での演奏となった。

「さん、はい」

大友先生は、1回指揮棒を振って、ひな壇上の生徒たちが最初の部分を歌い出そうとしたが、ゆみのピアノが間に合っていなかった。

それで、指揮棒を振っていた大友先生がずっこけたので会場中が笑いに包まれた。

「今度こそいいかな」

馬宮先生が、ゆみの方をチラッと見てから、大友先生に頷いた。馬宮先生からの合図で、大友先生が再度指揮棒を振り始め、ゆみのピアノがゆっくり会場内に流れた。

それに合わせる形で、1組の皆がゆっくり目に翼をくださいを合唱しはじめた。

次ページにつづく

読進社書店 新刊コーナー

Copyright © 2016-2024 今井ゆみ X IMAIYUMI All Rights Reserved.

Produced and Designed by 今井ゆみ | 利用規約 | プライバシーポリシー.