今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

81 夏のクルージング

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「ほら、出かけるぞ!」

夏休み、今年のお盆休みは、ゆみがどこかに出かけたいというので、いつもはお父さん1人で出かけている夏のクルージングを家族皆で出かけられることになったので、お父さんは張り切っていた。

朝からクルージングに向かう大荷物を自分の車に積んで、皆が用意が終わって出てくるのを自分の車で待っていた。

「はい、お待ちどうさま」

お母さんに、祥恵、ゆみも玄関から表に出てきて、お父さんの車に乗りこむ。お母さんも、自分の小さい車を持っているのだが、お父さんが車を出すので、お父さんの車1台でお出かけだ。

「美奈ちゃんは?」

「もちろん連れて行くわよ。家に置いてきたら、餓死しちゃうでしょう」

お母さんは、猫の美奈ちゃん、ギズちゃんに、まりちゃんを連れて車に乗りこむ。

「メロディもお出で」

ゆみは、犬のメロディと一緒に車の後部座席に乗りこむ。後部座席には、既に祥恵も座っていた。祥恵は、昨日までは夏休みも毎日、学校に行って部活をしていた。今日からは、学校もお盆休みなので、お父さんのヨットで夏のクルージングだ。

「お父さんのヨットって大きいの?」

「そんなでもないよ。30フィートだもの」

中等部に入学するまでは、よくお父さんと一緒にヨットに乗っていた祥恵が、ゆみに答える。ゆみは、まだお父さんのヨットに乗ったことがなかった。

「皆乗れるの?」

「家族皆が、乗れるぐらいの大きさはあるよ」

祥恵が答えた。

お父さんのヨットは、横浜のヨットクラブの陸上に上架されている。上架とは、ヨット用のアルミで作られた船台、骨組みだけの台車があって、ヨットはその上に載せられて陸上に保管されているのだった。

お父さんのヨットだけではない。そのヨットクラブでは、他の人のヨットも全て船台に載せられて陸上に保管されていた。

「なんか皆、台座の上に乗っかって飾られているんだね」

ゆみは、初めて見る船台の上のヨットを見て言った。

「ハハハ、飾られているは良かったな」

お父さんは、ゆみの表現に笑っていた。

「これから、ヨットに乗る準備をして、準備ができたら職員さんに頼むと、職員さんがヨットを、あっちの大きなクレーンで海に下ろしてくれるんだよ」

「ふーん」

ゆみとお母さんは、ヨットの出航の準備が終わるまでヨットクラブの事務所の中で待っていた。その間に、お父さんと祥恵で荷物をヨットに載せて、ヨットが出航できるように準備をしていた。

「あ、動き出したよ」

ヨットクラブの事務所で待っていたゆみは、お父さんのヨットと教えられていた白いヨットがクレーンに載せられて海に下ろされるところを見て叫んだ。

お父さんのヨットはヤマハ30という艇種の30フィートセイリングクルーザーだ。船齢も、だいたい30年ぐらいの古いヨットだった。

「おーい、準備が出来たから、ヨットに来なさい!」

ヨットクラブに呼びにきたお父さんが、ゆみとお母さんに声をかけた。

「行こう、メロディ。準備できたって」

ヨットクラブのソファの上で寝転がっていたメロディは、ゆみに呼ばれて立ち上がって、ゆみの後についてくる。ゆみの肩には、まりちゃんが乗っていた。

お母さんは、美奈ちゃんとギズちゃんを抱いていた。

「ほら、メロディたちに、おトイレの場所を教えてあげて」

ゆみは、祥恵に言われた。

お父さんのヨットのキャビンの中に入ると、一番前のところに猫たち用のトイレが置かれていた。その前のところに人間用の小さなトイレも付いていた。

「もしかして、あたしたちも、ここでおトイレするの?」

ゆみは、祥恵に聞いた。

「そうよ」

祥恵は、平気な顔で答えていたが、キャビン前方にくっついているトイレには、いちおう手前に壁は付いていたが、そこには仕切りとなるドアも何も付いていなかった。それにトイレの脇には、ヨット用のセイルとかロープなど備品まで置かれていて、まるで倉庫の中だった。こんなところで本当にトイレなんか出来るのだろうか、ゆみは少し心配になっていた。

「さあ、30分後には出航するからな」

お父さんがキャビンの外から、中にいる2人に声をかける。

「ゆみちゃん、出航前にトイレに行っておきましょうか?」

お母さんが、ゆみに言った。

「はーい!」

ゆみは、お母さんについて、ヨットクラブの中にあったトイレに行った。ヨットクラブのトイレは、ちゃんと男女で別れているし、普通のトイレだった。

「ここにトイレあって良かった」

ゆみは、中で用を済ませて出てくると、お母さんに言った。

「どうして?」

「だって、お父さんのヨットの中のトイレって、トイレっていうよりも倉庫の中みたいなんだよ。トイレにドアも付いていないし」

「あら、そうなの。それじゃ、出航する前に、しっかりトイレを済ますようにしなくちゃね」

お母さんも、ゆみからその話を聞いて、ヨットクラブのトイレでしっかり用を済ますようにしていた。

それから30分後、ヨットは、お父さんの操船で、ヨットクラブの岸壁を離れて、海へと出航した。ここは東京湾西部、横浜のヨットクラブだった。これから、お父さんのヨットは東京湾を横断して、対岸の房総半島、千葉県に向かうのだった。

「向こう側に行くの?」

ゆみは、お父さんに聞いた。

「そう。あっち側は全部千葉県。房総半島だから、今日の目的地は千葉県の保田という港だ」

お父さんは、ヨットが初めてのゆみに説明してくれた。

「なんで、向こう側に行くのに、横のこっちに向かっているの?」

お父さんのヨットは、対岸ではなく横の方に向かって走っていた。

「海には、ヨットが走っていいコースといけないコースがあるんだ。だから、まずは、こっち方向に走って、三浦半島の観音崎という岬の少し先にある横須賀の辺りまで走っていくんだ。横須賀まで着いてから、いよいよ向こう側の対岸を目指して、東京湾を横断するんだよ」

お父さんは、海の上の地図、海図を手にしながら、ゆみに説明してくれた。

「ね、お父さん。どうして、このヨットのおトイレってドアが付いていないの?」

「ああ、ドアか」

お父さんは、ゆみに言われて少し返答に困っていたが、

「ドアは古くなって、建て付けが悪くなってきたので取り外してしまった。かえってドアなんて無い方が用事もしやすいぞ」

お父さんは笑いながら言った。が、ゆみはドアの無いトイレで用を済ます気にはなれなかった。すると、

「ほら、ドアの代わりに、ちゃんとカーテンが付いているだろう」

お父さんがキャビンの中を指さして答えた。確かに、トイレの前のところに、古ぼけたカーテンがぶら下がっていた。埃をかぶっていて、あのカーテンを閉め切って、トイレの中に入ったら、くしゃみが出そうだ。

「そういえば、トイレもだけど、寝るのはどこで寝るの?」

ゆみは、キャビンの中にベッドらしきものが見当たらないので、お父さんに聞いた。

「両脇にベッドがあるだろう」

ゆみは、お父さんに言われて、キャビン後方の両サイドを覗きこむ。細長いパイプの枠にビニールが敷かれたようなものが両サイドそれぞれに1個ずつ付いていた。確かに、ベッドと言われれば、ベッドのようにも見えないことはなかった。

「2つだけ?」

うちは、お父さん、お母さんに、お姉ちゃん、そしてあたしの4人家族だ。

「上の方を見てみろ。折りたたんであるけど、あと2つ分ベッドはあるだろう」

確かに、両サイドのパイプベッド上部には、縦向きに折りたたまれたパイプベッドがもう1個ずつ備わっていた。これらを引き出せば2段ベッドになるってことだろう。

「まあ、上のベッドは使わなくても、真ん中中央にある両サイドのソファに毛布を敷けば、2人は寝れるよ」

お父さんの言葉に、これから、このヨットで過ごすクルージングが不安になるゆみだった。

千葉の保田港につづく

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