今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

51 小さなピアノ

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「これ、あげる!」

真弓は、自分のお弁当箱からポテサラを取って、ほかの皆に配っていた。

今はお昼休み。真弓とゆみ、麻子は、音楽棟の音楽職員室に来て、音楽の馬宮先生と一緒にお弁当を食べていた。

「はい、それじゃ、先生は、おうちで焼いてきたアップルパイを皆にあげよう」

馬宮先生は、手づくりのアップルパイを配っていた。ゆみたちは、よくお昼に音楽の職員室に来ては、そこで馬宮先生と一緒にお弁当を食べていた。

「先生、あとで翼のところの音程を合わせたいです」

まゆみと麻子は、奥の机でお昼を食べている大友先生に言った。

10月は、父兄を招いての合唱祭が体育館であるのだ。そのせいもあり、ここのところ、よく音楽の職員室でお昼を食べることが多くなっていたのだった。

「ああ、いいよ。お弁当を食べ終わったら、隣の音楽室で練習しよう」

大友先生は、自分の赤いお弁当箱のお弁当を食べながら答えた。

「先生のお弁当箱、かわいい!」

ゆみは、大友先生のお弁当箱を見て言った。

「あ、これね。娘の古くなった弁当箱らしいよ。奥さんが最近これで、俺のお弁当を作ってくれるんだよ。なんかお弁当箱のサイズが、あまり量を食べてはいけない先生が食べるのにちょうど良いサイズなのだそうだ」

「へえ、そうなんだ」

麻子も、大友先生のかわいいお弁当箱を見ながら答えた。

「大友先生って愛妻家ですものね」

馬宮先生が大友先生に言った。

「馬宮さんだって、まだまだ新婚だし、ご主人のお弁当も毎日一緒に作っているんでしょう」

「ええ、まあ」

馬宮先生は返事した。

その後、お弁当を食べ終わると、真弓と麻子は、大友先生と一緒に隣の音楽室に合唱祭の練習のために行ってしまった。合唱祭で合唱のできないゆみは、1人職員室に残されてしまっていた。

「ね、ゆみちゃん。先生と隣りの教室に行って、ピアノ弾こうか」

「うん」

ゆみは、馬宮先生と2人、麻子たちが行った音楽室と反対側の音楽室に行って、そこに置いてある小さなピアノの方で、ピアノを弾き始めた。麻子たちのいる部屋には、大きなグランドピアノが置いてある。

「なんか上手になったよね」

馬宮先生は、ゆみの弾くピアノを聴きながら言った。1学期のときは、指を1本ずつで音を鳴らしていたゆみだったが、今は、もうちゃんと5本の指を両手とも使ってピアノを弾けるようになっていた。

「翼になりたいって曲は、もうけっこう完璧に弾けるんじゃない?」

「うん!」

ゆみは、馬宮先生に言われ、嬉しそうに頷いた。

「次は、何を弾こうか?」

「猫ふんじゃった・・」

「いいよ。その曲が好きだね、ゆみちゃんは」

ゆみと馬宮先生は、ピアノの半分ずつでそれぞれ猫ふんじゃったを弾いた。

「猫ふんじゃったも完璧に弾けるね」

馬宮先生は、弾き終わった後で、ゆみに言った。猫ふんじゃっらでさえも、ゆみは最初の頃の指1本ではなく、5本の指を使って弾けるようになっていた。

「それじゃ、今度は新しい曲を弾こうか」

そう言って、馬宮先生はベートベンの曲を弾き始めた。両手を動かし、優雅にテンポ良く弾いている。

「すごい!先生、そんなに早く弾けるなんて」

ゆみは、ずっと馬宮先生がピアノを弾く姿を見て感心していた。

「この曲なら、ゆみちゃんでも弾けると思うよ」

馬宮先生はそう言うと、自分の隣りの席に、ゆみのことを座らせて、ゆみの手をサポートしながら、ベートベンの曲を少しずつゆっくり弾かせてくれた。

ゆみは、馬宮先生の手の動きに合わせて、一生懸命弾いていた。

「へえ、そこまで弾けるようになったのか」

いつの間にか、音楽室の入り口のところに立って、2人がピアノを弾く姿を見ていた大友先生がつぶやいた。

「あれ、大友先生」

「もう合唱の練習は終わったんですか?」

馬宮先生が、大友先生に聞いた。馬宮先生は、主に小等部の音楽担当なので、中等部の合唱祭には、あまり関わっていなかった。

「ああ、もう終わったよ」

大友先生は答えた。

「え、麻子たちは?」

ゆみは、麻子たちの姿が見えなかったので、大友先生に聞いた。

「もう午後の授業が始まるから、教室に戻ったよ」

「ええ、あたしだけ置いてきぼり・・」

「ああ、ゆみは、あんまり真剣に馬宮先生とピアノを弾いていたので、声をかけづらかったみたいだよ」

大友先生は、ゆみに言った。

「さあ、そろそろお昼休みも終わり、午後の授業が始まるから、ゆみも教室に帰りなさい」

「はーい」

ゆみは、ピアノの椅子から立ち上がった。

「ゆみちゃん、バイバイ」

「先生もバイバイ」

ゆみは、隣の馬宮先生に手を振ると、音楽室を出て中等部の教室に戻っていった。

「それでどうなの?」

ゆみが出て行く後ろ姿を見ながら、大友先生が馬宮先生に聞いた。

「え、何がですか?」

「ゆみだよ。ピアノは上達しているのか?」

大友先生は、再度、馬宮先生に聞いた。

「ああ、すごいですよ。翼をくださいは、ゆっくりかもしれませんが、もうけっこう完璧に弾けていますよ」

「ほお、翼をくださいは弾けるのか?」

「ええ。あと、一番最初に覚えた猫ふんじゃったも」

馬宮先生は、笑顔で答えた。

「なるほど」

大友先生は、しばらく考え事をしていたが、

「今度の合唱祭では、1組は翼をくださいを合唱するんだけど、例えば、ゆみ君にピアノを弾かせて、それに合わせて、クラスの皆が合唱するとかできそうかな」

「そうですね」

馬宮先生は、大友先生に言われて少し考えていたが、

「ゆみちゃん。あんまり早くピアノを弾くスピードを上げると、また心臓とかに負担かかってしまうといけないじゃないですか。だから、メトロノームもかなりゆっくり目で、普通より遅いスピードで弾いているんです」

「そうか。それだと、クラスの子たちが合唱しづらいかな」

大友先生は、合唱できないゆみに、代わりにピアノを弾かせようと思っていたのだが、それは諦めるしかないかなと思い直していた。

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