今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

37 夏の登山計画

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「さて、今日は夏のスケジュールについて連絡があります」

佐伯先生は、ホームルームの時間に教室で1組の生徒たち皆に話した。

「夏休みに入ったら、7月の終わりに中等部の7年生は長野県の清里村に行きます。清里村には、うちの学校の宿泊施設があるのでそこで一泊することになります」

佐伯先生の発表にクラスじゅうが響めいていた。

「修学旅行みたいなものですか?」

「全員参加ですか?向こうでは自由行動なのですか?」

生徒たちは、長野への旅行が楽しみで皆、思い思いに佐伯先生に質問していた。

「まあ、旅行が楽しみになるのは良いけど、その前に1学期の総復習というか学期末にはそれぞれの学科の期末試験があるから勉強の方も今からしっかり頑張っておくように」

佐伯先生は皆に言った。皆は、期末試験には反応が鈍かった。

「期末試験はさておき夏には長野への旅行があるから、今日のホームルームではその旅行での部屋割りとかグループ分けなどを行いたいと思う」

佐伯先生は、皆に説明した。

「長野に行ったら、長野は山だからな。向こうでは足を鍛える意味でも、アルプスの山を登山します。これは、うちの学校での毎年恒例の行事になっています」

「部屋割りはアイウエオ順とかなんですか?自由に決めたりはできないんですか?」

「特にアイウエオ順とかそういうルールはない。自分たちでグループ分けとか全て決めてもらいたい。皆で議論して決めることも自主性を育てる大切な授業の一環だ」

佐伯先生がそう言うと、クラスじゅうに歓声が響き、皆はそれぞれに席を立って仲の良い子たちのところに移動してグループを作っていた。

「祥恵、こっちにおいで!」

祥恵は、いつもの美和や百合子たちに呼ばれて、教室の後ろの方に移動していた。そこには、夕子の姿もあった。夕子も、祥恵たちと同じ女子バスケ部員で、彼女は明星学園の中等部に入学する以前は、親の仕事の関係でニューヨークに住んでいた帰国子女だ。

「ゆみちゃん、一緒になろう」

ゆみのところにも麻子たち仲の良い子たちが来てくれた。が、ゆみには心配があった。

「長野だよ。旅行とか学校で行ったことある?」

「ううん」

ゆみは、麻子に聞かれて答えた。

「あたし、旅行に行けるのかな?」

ゆみは、麻子に聞いた。

「なんで?それは行けるでしょう。クラスの子は全員参加だし」

「だって、山登りなんてしたことないし・・」

ゆみは、麻子に言った。麻子も、ゆみの言葉を聞いて、ゆみは、そういえばいつも体育だって、音楽の合唱の時間だって見学だったことに気づいた。

「かおり、君は家で留守番していなさい」

かおりの側に移動してきた佐伯先生が、かおりに話している声が、ゆみの耳にも聞こえてきた。ゆみは、その声を聞いて、やっぱり自分も留守番班なんだろうなと思っていた。

「おまえさんは、おいらとお留守番だ。まあ、夏休みはいつもの部屋で一緒にのんびり過ごそうぜ」

ゆみの耳元で話す声が聞こえて、ゆみは自分の肩の上を見た。そこには、ブータ先生が立っていた。

「やっぱり、あたしお留守番だよね」

ゆみがブータ先生に聞くと、ブータ先生は黙って頷いた。

「え、どうしてお留守番なの?」

まさかブータ先生に話しかけていたと思っていない麻子が、ゆみの言葉を聞いて、ゆみに聞き返した。

「佐伯先生!ゆみちゃんは、旅行って一緒に行けるんですか?」

麻子が手を上げて、佐伯先生に質問した。

「ああ、そうだな。ゆみ、どうなんだ?」

佐伯先生が麻子に呼ばれ、やって来て、ゆみに質問した。登山なんてやったことないし、ゆみに聞かれても何て答えたら良いのかよくわからなかった。

「祥恵君、ゆみ君は登山は大丈夫なのか?」

「え、さあ?私にもよくわからないけど、そういうところは連れて行ったことは一度もないとは思います」

祥恵が、教室の後ろ、美和たちと一緒の場所から大きな声で佐伯先生に答えた。

「そうか、どうなんだろうな?」

「たぶん医者の先生に聞いてみないといけないとは思います」

「そうだな。祥恵君、妹のことをお母さんかお医者さんに聞いてみてもらってくれるか?」

「はい、わかりました」

祥恵は、佐伯先生に答えていた。ゆみは、その会話を聞きながら、やっぱりお医者さんに聞いて、お医者さんはきっとダメって言うんだろうな、そしたら自分1人だけお留守番だと思っていた。

そんな寂しそうなゆみの表情を、ブータ先生は元気出せよとばかりに優しく覗きこんでくれていた。皆が山に行っている間のお留守番中に関しては、おいらがとっておきのスペシャルイベントを考えてあるのだから、ブータ先生の表情は、まるでそう言わんとばかりの顔をしていた。

「ね、あたしがお留守番だったら、代わりにブータ先生が百合子お姉ちゃんとお山登ってきてくれる?」

ゆみは、帰りの電車の中で膝に抱えているブータ先生に質問した。

「え、なんで?登山なんて疲れること、おいらは嫌だよ。おいらも、ゆみと一緒に部屋で留守番している」

「なんで?ブータ先生は、元々百合子お姉ちゃんのとこにいたのだから、百合子お姉ちゃんと一緒に登山してくれば良いじゃん」

「いやだ、断る」

ブータ先生は、きっぱりとゆみに答えた。

「あたしが、百合子お姉ちゃんに頼んであげるよ。里帰りしたいって」

「いや、例え里帰りしたとしても、どうせ百合子殿は、おいらのことは登山に連れていってくれないさ。そうなれば、おいらは百合子殿の部屋のタンスの上で1人でお留守番だな」

「そうかな」

「ああ、同じお留守番だったら、ゆみ、おまえさんの部屋で一緒に留守番している方がいろいろ遊べるし楽しいに決まっている。それに、おいらは、もう夏休みのおまえさんの予定については既に考えてある。とっておきのスペシャルなイベントになるぞ」

ブータ先生は、ゆみに答えた。

「なに?清里に行くとき、ブータ先生を百合子に預ける気なの?」

電車の隣の席で、2人の会話、といってもゆみの会話だけだが、を聞いていた祥恵が、ゆみに聞いた。

「う、うん。ブータ先生も山に登りたいかなって思って」

ゆみは、慌てて祥恵に説明した。

「まあ、良いんじゃない。百合子がブータ先生を連れていくって言ったんだったら」

祥恵は、笑顔で妹の頭を撫でていた。東松原の駅に着いて、ゆみたちは井の頭線を降りた。駅を出て、東松原の駅前商店街を自宅に向かって歩きながら、ゆみはブータ先生に話しかけていた。

「夏のスペシャルイベントってなに?」

「それは、今はまだ言えない。お楽しみだからな」

ブータ先生は、ゆみに答えた。また、どうせ、お母さんと一緒に吉祥寺のデパートにお買い物とか、井の頭公園の動物園に動物を見に行くとか、そんなことなのだろうなとゆみは思っていた。

「まあ、驚くことになるから楽しみにしておれ」

「ね、そういえばブータ先生は、私が山には行けないという前提で、スペシャルイベントの話をしているけど、まだ山に行けないかどうかはわからないよね。もしかしたら、最近はわりと健康になってきているし、お医者さんだって山に登っても良いというかもしれないじゃん」

「いや、それはぜったいにない!」

ブータ先生は、ゆみに断言した。

「そんなこと、なんでわかるの?」

「おいらを誰と思っているんじゃ。仮にもブータ先生だぞ。ゆみのことは過去も、現在も未来も全てお見通しだ」

ブータ先生は答えた。そして、お医者さんは、ブータ先生の言った通りに、今回の山登りについては不参加、お留守番していた方が良いとお母さんに告げるのであった。

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