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90 淳子の彼氏
「あれ、何も無くなちゃったな」
良明は、音楽室のある音楽棟の裏の草むらの中でどうしようか考えていた。
「ここに、お昼ごはん食べるところ作っておいたのに、何も無くなっている」
良明は、何も無くなってしまった草むらの中、ぽつんと空いたスペースを見つめていた。良明は、ここの中に古い木材とかで囲いを作って、その中でお昼のお弁当を食べていたのだった。しかし、前述のゆみたちが音楽棟の屋上から見つけて、大友先生がその囲いを取っ払ってしまったので、そこには何も残っていなかった。
「どうした、ここでお弁当食べるつもりだったのか」
その場所を諦めて、どこか別の場所に移動しようと振り返って歩き始めようとしていると、草むらの奥から大友先生が現れて、良明に声をかけた。
「あっ!」
思わず大友先生に、ここでお弁当を食べていたことを知られてしまったのかと思った良明は、恥ずかしくなって慌ててその場を逃げ出してしまっていた。
「おーい!逃げなくても良いだろう」
逃げていく良明の背後から大友先生が声を掛けたのが、良明はそのままどこかへと行ってしまっていた。
「なんとすばやい・・」
大友先生は、諦めて草むらを出て音楽室に戻ってきた。音楽室では、いつものように麻子やゆみが馬宮先生と一緒にお弁当を食べていた。そのことを知っていたから、大友先生は草むらの中で1人隠れてお弁当を食べている良明も誘って、ゆみたちと一緒にお弁当を食べさせようと思っていたのだった。
「この間の男の子・・、また来ていたよ」
大友先生は、音楽室に戻ってくると、馬宮先生と楽しそうに談笑しながらお弁当を食べているゆみたちに言った。
「この間の男の子?」
麻子は、誰のことだろうと大友先生に聞き返した。草むらでお弁当を食べていた子のことなどぜんぜん忘れていた。一番最初に草むらでお弁当を食べている良明を発見したゆみでさえも、良明のことなど忘れてしまっていたぐらいだ。
「いや、なんでもない」
大友先生は、それっきりその話はしなくなり、ゆみや麻子も馬宮先生と別の話で盛り上がっていたので、特に気にしていなかった。
「大友先生、あの草むらでお弁当を食べていた男の子のことですか?」
ゆみたちが午後の授業に行ってしまった後で、馬宮先生は大友先生に聞いた。
「ああ、そう。馬宮さんも、あの子のこと覚えていたか」
「ええ、まあ、一応」
「さっき、お昼に音楽室の裏側に入っていく姿が見えたので、もしかしたらと思ってついていってみたんだけど、声を掛けたら、大慌てで逃げられてしまったよ」
「そうだったんですか」
「馬宮さんが8年生とここでお弁当食べていたのは知っていたから、なんなら、ここに連れてきて一緒にお弁当食べたら良いと思っていたんだけどね」
「なるほど。あの男の子でしたら顔わかりますから。今度、私もチャンスがあったら、声をかけてみますよ」
馬宮先生は、大友先生に言った。
「はあ、びっくりした!」
音楽棟の裏で先生に声を掛けられて、思わず急いで逃げてきた良明は、中等部の1階ロッカー室の裏のところで一息ついていた。
「走ってきて、ちょっと喉が渇いたな」
良明は、周りに誰もいないことを確認すると、世界史の研究室の表のところにある水飲み場の機械に顔を近づけて水を飲んだ。
「おっす!何をしている」
水を飲んでいると、いきなり背後から声をかけられ、良明は驚いて水飲み場から離れた。
「あ、いえ、別に・・」
声を掛けてきたのは2組の栗原淳子だった。今の良明には、栗原淳子にかまっている暇などなかった。音楽棟の裏で食べられなかったので、まだ、お昼のお弁当を食べていないのだ。お昼休みが終わる前に、どこかで持っているバッグに入っているお母さんが作ってくれたお弁当を食べなければならないのだ。
「何、やっていたの?」
「いや、別に」
良明は、栗原淳子に答えつつ、早いところ栗原淳子と別れ、どこか代わりのお弁当を食べられる場所を探さなければと考えていた。
「何、やってる?」
「え。私?私は、トイレに来ただけ」
栗原淳子は、水飲み場の奥、上階に上がる階段の裏側にある女子トイレのドアを指さしながら答えた。ああ、そういえば、ここの階段の裏は女子トイレだったことに気づいた良明だった。
「トイレ・・」
良明が何も言わないので、淳子がつぶやくと、
「トイレ、トイレ・・」
そう小声で言いながら、良明は淳子の背中を押して、女子トイレの中へと行かせようとしていた。
「わかった、わかった。トイレ行ってくるよ」
栗原淳子は、良明に背中を押されながらも、女子トイレの中に入った。女子トイレの中に入ると、観音開きの女子トイレのドアの隙間から表の良明の様子を伺った。
良明は、栗原淳子が女子トイレの中に入ってしまったことを確認すると、急いで水飲み場脇の窓を開けると、窓から中等部校舎裏に出ていってしまった。
「これは何かおもしろそうなことある」
そう思った栗原淳子は、急いでトイレを済ませると、女子トイレを出て、水飲み場脇の窓、さっき良明がよじ登って出て行ったところに行った。
「ここから出るわけにいかないか」
白のブラウスにベージュのブレザー、スカートを履いていた栗原淳子は、窓をよじ登って出ることを諦めて、廊下を抜けてドアから中等部の校舎裏側に出た。
校舎裏、明星学園の敷地の境には金網があるのだが、金網の一部が破けて、中学生ぐらいの子ならば、そこから学校の表に出入りできるようになっていた。
「あいつ、ここから表には出ていないな」
そう直感した栗原淳子は、校舎裏の使われていない古い机や椅子が積み重ねられたところに注目した。
「あいつ、ぜったいにこの中のどこかに隠れている気がする」
そう思った栗原淳子は、積み重ねられた机や椅子の中に良明の姿を探していた。
弁当仲間につづく