今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

84 民宿

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「へえ、なかなかいい部屋じゃないか」

お父さんは、今夜ゆみとお母さんの2人が泊まる民宿の部屋を覗いて言った。

「お父さんも泊まる?」

ゆみは、お母さんに聞いた。

「お父さんは、船が港で大丈夫かどうか見なければならないからね」

お父さんは、ゆみに返事した。

「あい、すみません。突然だったので食事のご用意が出来なくて素泊まりになってしまうんですよ。その代わりっていうわけじゃないんですけど、お風呂は何回でも利用されて構いませんので」

民宿のおばさんが、お母さんに言った。

「それじゃ、私たち2人はヨットの方に泊まるのですが、ヨットにはお風呂が付いていないので、入らせてもらっても良いでしょうか?」

お父さんが、泊まらないくせに民宿のおばさんにわがままなお願いをしていた。

「ああ、ヨットで来られたのですか。最近は保田の港にヨットやボートで観光に来て下さるお客さんも増えて、町でも喜んでいたんですよ」

民宿のおばさんは、お父さんに言った。

「ああ、お風呂ですね。民宿なんでね、狭いお風呂ですが、どうぞ、どうぞ、入っていってください」

民宿のおばさんは、お父さんのことを廊下の隅のお風呂場に案内してくれた。

「祥恵。あなたも行ってきたら」

お母さんは、祥恵にもついていくように言った。

「あたしも見る!」

祥恵よりも前に、ゆみがお父さんたちの後を追って、お風呂場を覗きに行った。その後から祥恵、お母さんもついてくる。

「さすがに狭いけど、2人ずつなら入れるぞ」

お父さんは、服を着たままお風呂の横に座ってみながら言った。

「入っていくか?」

「うん」

祥恵がお父さんに答えた。

「それじゃ、入ろう」

お父さんが服を脱ぎ始めたので、祥恵は風呂場の扉を慌てて閉めた。

「なんだ、入らないのか?2人ぐらいなら一緒に入れるぞ」

閉めた扉の向こうから、お父さんが祥恵に声をかけた。

「いいから。お父さん、先に入って。私は次、後から入るから」

祥恵は、扉の向こうのお父さんに返事した。

「なんだ。ゆみなら一緒に入るのに、お姉ちゃんは冷たいな」

お風呂場の中に、ちょっと寂しそうなお父さんの声が響いていた。

「それはね、お父さんとは、さすがにもう入らないわよね」

「ええ」

祥恵は、民宿のおばさんに答えていた。

「あたし、入るけど」

いつも家でも、たまにお父さんと一緒に入ることがあるゆみが、お母さんの方を振り向いて小さい声で言った。

「うん。ゆみちゃんは良いのよ」

お母さんは、ゆみの頭を優しく撫でてくれた。

「ゆみ、一緒に入る?」

お父さんの後、お風呂に入る前に祥恵が、ゆみに声をかけた。

「いいわよ。ゆみは、どうせ夜もここに泊まるんだから、夜寝る前に、お母さんと入りましょう」

ゆみが返事する前に、お母さんが祥恵に返事していた。祥恵は、1人でお風呂に入り、タオルで髪を拭きながら部屋に戻ってくると、その前にお風呂から上がっていたお父さんが缶ビールを開けて、縁側で飲んでいた。

「なんか、お父さん、すっかりくつろいでいるね」

祥恵は、お父さんの姿を見て笑った。

「お風呂終わったのか。それじゃ、夕食を食べに行くぞ」

お父さんは、祥恵に言った。そして家族皆は、メロディも一緒に民宿をでて、港に戻ってきた。

「ヨットで夜ごはん作るの?」

「いや、港の近くに、ばんやってレストランがあっただろう。あそこの割引券を漁港でもらったから、あそこで食事にしよう」

お父さんは、ゆみに言った。

「そんなレストランあったかな?」

ゆみは、港の近くに、そんなレストランがあったか覚えがなかったが、港まで戻ってきてみると、確かにそこに、ばんやと書かれたレストランがあった。

そのレストランは、漁港が経営しているレストランで、漁港の漁師さんたちが海で獲ってきたばかりの新鮮な魚を食べられると人気のレストランだった。

「混んでいるわね」

お母さんは、店内入り口に置かれている準備待ちの椅子に腰掛けながら、つぶやいた。

店の中央には、大きな生け簀が置かれていて、その生け簀の中では、いろいろな魚が泳ぎ回っていた。その生け簀の周りにテーブルと椅子が置かれ、食事をできるようになっていた。奥にはお座敷まであった。

「あ、お姉ちゃん。タコだよ」

ゆみは、生け簀の中に泳いでいるタコを見つけた。

「本当だね」

「カメさんもいる!」

大きなカメも泳いでいた。そのカメが、ゆみの側に近寄ってきて、顔を出した。ゆみは、カメの頭を撫でてあげると、カメはなんとなく嬉しそうにしていた。

ワン!

メロディが小さく吠えた。

「大丈夫よ、メロディ。カメさん、おとなしいから」

ゆみは、メロディに言った。

「ほら、席、空いたぞ」

お父さんは、生け簀の2人に声をかけて、店員に案内されて、奥の座敷に腰掛けた。

「あ、ごはんだって」

祥恵も、慌てて奥の座敷に行くと、お父さんの横に腰掛けた。向かいのテーブルには、お母さんが腰掛けている。いつも、お母さんの横には、ゆみが座るので、祥恵はお父さんの横に座ることが多かった。

「ゆみ、本当に動物が好きだよね」

未だに、メロディと一緒に、生け簀の側で魚やカメと遊んでいるゆみの姿を見ながら、祥恵が言った。

「あのカメさんもどうせいつか食べられちゃうのにね」

「あ、あのカメは食べられないから大丈夫ですよ。半年ぐらい前に網にかかってて、それからずっと、ここの生け簀で飼われているんです」

店員さんが、祥恵に言った。

「そうなんだ・・」

「ええっと、とりあえずビールと、おまえたちはジュースか、お母さんはどうする?」

お父さんが店員に食事を注文していた。

「ゆみ、そろそろこっちにお出で」

ゆみは、祥恵に呼ばれて、ようやく座敷に来ると、お母さんの横の空いている場所に腰掛けた。メロディは、座敷のすぐ手前の床にお行儀良くまるくなっていた。

次の港へにつづく

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