今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

71 南アルプス

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「で、ちょっと皆、聞いてくれ」

大友先生は、クラスの皆に言った。

それは、音楽室での合唱の授業が一通り早めに終わった後のことだった。

「今年の夏の登山だが、南アルプスを登ることになった。去年、学校の施設がある清里村の山を登ったが、そこから少し先にある八ヶ岳を登ることになった」

大友先生は、自分の担当4組の生徒たちに報告をした。音楽の授業は、大友先生の担当でもあるせいか、4組では、ときおり合唱の時間にクラスのホームルームをやることが多かった。逆に、ホームルームの時間に、生徒たちが4組の教室でなく音楽室に集まって、ホームルームを開くこともあった。

「それで、今度のホームルームの時間に、登山の部屋割りとかを決めるから、皆もそのつもりでいてくれ」

そして、次のホームルームの時間、4組は音楽室に集まり、合唱のひな壇の上に生徒たちが座って、登山の予定、準備や部屋割りなどについて話し合った。

「部屋は、山小屋に泊まります。去年のように学校の施設ではなく、一般の人たちも泊まっている山小屋ですから、皆に迷惑のかからないように行動しましょう」

大友先生が生徒たちに注意していた。

ホームルームが自分の職員室があるすぐ近くの音楽室で開かれるのは、大友先生にとっても便利なのかもしれないが、生徒たちにとっても、机や椅子が並んだ教室よりも、ひな壇に仲の良い子たち同士で自由に座って受けられる音楽室でのホームルームの方が気に入っていた。

「ね、麻子。一緒の部屋になろうね」

「うん。去年は1組と4組で一緒の部屋になれなかったものね」

麻子は、さやかと話していた。

「由佳。一緒になろう」

「知佳は?特に決まっていないのなら、一緒になろう」

「田中。部屋どうする?」

「小汀は、誰と一緒になるんだよ」

生徒たちは皆、部屋割りの話で盛り上がっていた。

「ゆみは?」

「え、あたし?あたしは山は登らないもの」

皆が盛り上がっている中、1人皆の楽しそうな話を聞いていたゆみは、まゆみに声をかけられて返事した。

「あ、そうか。ゆみは登山行けないんだもんね」

「私、ゆみの分のおみやげ買ってくるよ」

「ありがとう。いっぱい楽しみにしている」

ゆみは、皆の優しい言葉に笑顔で答えた。

そして、部屋割りの後は登山する際の並び方の順番などと続いた。

「で、登山に盛り上がっているところ悪いが、登山は夏休み中だからな。来週は1週間1学期の期末試験があることも忘れないでくれよ」

大友先生は、ホームルームの最後を締めくくった。

「え、先生。皆、楽しんでいるのに、そんな期末試験のこと今言わなくてもいいじゃないですか」

「期末試験なんてあとあと・・」

生徒たちが苦笑していた。

「ほら、後じゃないぞ。期末試験があって、ちゃんと期末試験受けたからこそ、夏休みに皆で登山を楽しめるんだからな」

大友先生も苦笑しながら、皆に言った。

「お姉ちゃんも八ヶ岳に行くの?」

ゆみは、帰りの電車の中で、自分の前に立っている祥恵に聞いた。

「うん。それはもちろん行くよ。明星の生徒なんだから、行かなきゃだめでしょう」

祥恵は答えた。

「あたしも明星の生徒だけど、あたしは行かないけど」

ゆみは、祥恵に答えた。

「それは仕方ないでしょう。その代わり、今度の夏休みは、お父さんのヨットで家族皆で千葉に旅行しよう」

祥恵は、寂しそうなゆみの頭を撫でながら答えた。ゆみも、祥恵に言われて大きく頷いた。

毎年いつも夏になると、お父さんは自分が横浜に所有しているヨットで「夏のクルージング」と称して、お盆の時期に1週間ぐらいヨットに乗ってどこかに出かけていた。

祥恵は、小さい頃はよくお父さんに連れられて、そのヨットに乗っていたが、中等部になって部活、バスケ部が忙しくなったら、お父さんのヨットには、ぜんぜん乗りに行かなくなっていた。

そのヨットに、今年は、どういう風の吹き回しかお父さんが家族で乗って、どこかにクルージングに行こうと言い出したのだった。

「私は嫌ですよ。ヨットなんて船酔いしそうですし」

はじめお母さんは、お父さんの提案に反対していた。が、ゆみがどこか行きたいって言い出したら、それではお父さんのヨットでどこかに行きましょうって話になったのだった。

「ゆみは、どこに行きたいか?」

「お山」

「お山?ヨットに乗っていくのに、海じゃなくてお山に行きたいのか?」

「行けないの?」

「いや、山だって行けるぞ。千葉の房総半島には山がいっぱいあるからな。ヨットで千葉の海岸に行って、そこから山にだって登れるぞ」

「うん。それがいい」

ゆみは、お父さんに答えた。

「ゆみは、山が好きなのか?」

「だって、去年はあたしだけ清里に行けなかったんだもん」

「あ、そうか。それじゃ、今年は家族でヨットに乗って千葉の山に行こう」

「それは良いアイデアですね」

お母さんも、お父さんに賛成した。

「祥恵は大丈夫か?行けるか?夏休みは部活があったりしないか」

「お父さんがヨット出すのって、お盆の時期だよね?だったら、お盆は学校も閉まるから、部活もないから大丈夫」

祥恵は答えた。

今年は、家族でお父さんのヨットで千葉のお山に行けるって言うことを事前にお父さんから聞いていたので、学校で八ヶ岳に登るって話を聞いても、去年のようには自分だけ寂しい思いをしなくても済んだゆみだった。

お父さんのヨットにつづく

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