今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

遅いヨット

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「お父さん、今着いたの?」

ゆみは、下田港に到着したばかりのお父さんのヨットに乗ると言った。

「これでも結構がんばって走ってきたつもりなんだけどね」

お父さんは、ゆみに言い訳をしていた。ヨットは、風でしか走らないし、お父さんのヨットには、一応エンジンも付いているのだが、あまり大きなエンジンではないのでボートに比べるとヨットはゆっくりな船出なのだった。

「だいぶ前に着いていたのか?」

「ええ。1時間ぐらい前には着いていたんですけど、あなたたちのヨットの姿が見えないから、別の港と間違えているのかと不安になりましたよ」

お母さんは、お父さんに言った。

「風がぜんぜん無かったのだもの」

祥恵は、お母さんに説明した。

「昨日の夜は、お母さんと2人だけで寂しくなかったか?」

「ううん。お母さんと一緒のベッドで寝たの」

ゆみは、お父さんに答えた。

「そうか。お父さんのベッドで寝たのか?」

「ううん。初めは。お父さんのベッドで寝たんだけど、やっぱりお母さんと一緒がいいから、すぐにお母さんのベッドに移ったの」

「そうか」

祥恵は、到着したばかりのヨットのロープを片づけていた。

「ほら、皆つぎからつぎに到着してくるぞ」

お父さんは、港の入り口を見ながら、ゆみに言った。下田の港には、お父さんのヨットと同じく夏休みを伊豆半島で過ごすためにやって来たモーターボートがたくさん停泊していた。その停泊しているボートたちに続く形で、ヨットが次から次へと下田港に入港してきて、港のあっちこっちの岸壁に停泊していた。

ヨットは、ボートに比べて足が遅いので、東京から同じように出航してきても、どうしてもボートが先に到着することになる。その後からセイリングでゆっくりやって来たヨットたちが今は下田港に入港しているのだった。

「これから到着してくるヨットが多いということは、ヨットの中では、お父さんのヨットが一番早く到着したってことなの?」

「まあ、そうだな」

お父さんは、ヨットの中では一番に到着できたと、ゆみに言われて嬉しそうに頷いていた。けど、本当は別にお父さんのヨットが一番早かったわけではなく、ほかのヨットが、別にお父さんのヨットと同じ横浜から同じ時間に出航してきたわけでもなかった。

「うちのヨットが、ヨットの中では下田に一番に到着したということかな」

「すごいね」

お父さんが答えると、ヨットのことはあまり知らないゆみは本気で、お父さんのことをすごいと褒めていた。お父さんは下の娘に褒められて上機嫌だった。それを冷静に見つめながら、ロープの整理をしている祥恵だった。

「お母さん、今夜はどうするの?」

祥恵は、お母さんに聞いた。

「今夜どうするって?」

「泊まるところ。去年は、ヨットの中では寝ないで、いつも近くの民宿に泊まっていたじゃない」

「そうね。今回は特に民宿とか予約していないのだけど、ヨットの中で泊めさせてもらおうかな」

「うん、そうしなよ。民宿に泊まればお金だって掛かるんだし、せっかくヨットにキャビンが付いているんだから」

祥恵は、お母さんに言った。

「ゆみ、夕食のお手伝いしてちょうだい」

お母さんは、キャビンの中、小さな台所で皆の夕食を作っていた。ゆみも、お母さんと一緒に夕食作りの手伝いをしていた。

「皆、大丈夫か。船酔いとかしていないか?」

お父さんがキャビンの中に入ってきて、皆に聞いた。

「ゆみは?」

「うん、大丈夫」

ゆみは、お父さんに聞かれて答えた。

「汗もかいたし、お風呂でも入るか?」

「お風呂?お風呂なんてあるの?」

ゆみは、お父さんに聞き返した。

「あるよ。港の前のところにお風呂屋さんがあったよ。あそこに入りに行こう」

お父さんは答えた。

「いま、夕食を作っているんですけど」

「それじゃ、夕食を食べ終わってから行くか?ゆみもお風呂入りたいだろう?」

お父さんは、ゆみに聞いた。

「私、入りたいな」

祥恵が答えた。

「あたし、お風呂よりも、さっきからおトイレに行きたいの」

ゆみは答えた。

「トイレか。トイレは我慢しなくても、そこにあるだろう」

お父さんは、ヨットのキャビン前方に付いているトイレを指さして言った。

「ええ、そこのトイレ・・」

ゆみは、ヨットのトイレを見てつぶやいた。お父さんのヨットのトイレには、ドアも付いていないのだ。いや、ドアはあるのだが、荷物でいっぱいで閉まらなくなっていた。

「ちゃんとトイレ使えるんだぞ」

お父さんは、キャビンの前方に行くと、荷物を整理し、というよりも前の収納庫に移動してトイレの前に人が1人座れるだけのスペースを作った。さらにドアの前の荷物もどけてドアの開閉も出来るようにした。

「ほら、これでドアもちゃんと閉まるぞ。まあ、ドアに鍵は付いていないかもしれないが、家族だけなんだし別に良いよな」

お父さんは、トイレをゆみに見せながら言った。でも、ゆみは、チラッとトイレの中を覗いただけで、ヨットのトイレには行かなかった。

「なんだ、我慢は身体に悪いぞ」

「まだ大丈夫。あとで・・にする」

ゆみは、お父さんに答えた。結局、夕食の準備が終わった後で、ゆみはお母さんと一緒に港の漁港事務所に行って、そこでトイレを借りてきた。

「ヨットに慣れていないと、やっぱりこういうトイレは使いづらいものなのかね」

お父さんは、祥恵に聞くとはなしに話していた。

伊豆稲取につづく

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