今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

貧民街

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地上に上がっている道中のバスの中は静かだった。

バスの中にいる誰もが、役所の人間に「貧民ビデオ」を見せられた後から何も言わずに黙ったままの状態だった。

「なんて勝手な。俺たちは貧民なんかじゃない」

バスの中にいる誰もが、心の中ではそう思っていた。思ってはいたが、誰1人として、そのことを口に出すものはいなかった。バスの先頭では、ムチを持った役所の人間が、乗客たちに向けて睨みをきかせていたのだった。

皆の乗るバスは、地下シェルターから地上に上がるエレベーターに乗って、そのまま地上へと上がっていった。エレベーターが地上の、新宿地下駐車場に到着すると、バスはエレベーターを降りて表に出た。新宿の地下駐車場の中を通り抜けて地上に出ると、久しぶりの太陽光が眩しかった。そんな地上の道路をバスは進んでいく。

バスの周りには、ポツリポツリと建物が建っていて、まだ完全ではないが、懐かしい新宿の町並みがある程度復興されつつあった。ヤマトが地球に戻ってきたときよりは、遙かに復興が進んで、建物の数もかなり建っていた。

そんな中を、バスはゆっくりと進んでいく。

「お待たせしました。まもなく貧民街に到着します」

役所の人間が、バスの車内マイクを使って案内した。

大型バス2台は、夕暮れの中、背の高い建物と建物の間にある昼間でも一日じゅう陽の差さないような暗がりの空き地の中に停車した。空き地は、高い塀でぐるっと囲まれていて、建物と建物の間にあるゲートのところには、警備員が常駐する小屋があった。ゲートには、アーチ状の入り口が設置されていて、そこには「貧民街」と赤いペンキで書かれていた。

「ほら、今日からここがお前たちの住処だ。早くバスから降りろ!」

大型バスのドアが開くと、役所の人間にせかされながら、乗客たちは全員バスから降りた。

「グズグズすんじゃねーぞ」

おばあさんが大きな荷物を抱えて、ヨタヨタとバスを降りていると、背後から役所の人間に蹴っ飛ばされていた。

全員がバスを降りて、その場所を見渡すと、そこは廃棄物の収容所かなにかになっているらしく、辺り一面にゴミ、粗大ゴミが散らかっていた。空き地のどこにも粗大ゴミが捨てられているだけで、人が住めるような家などどこにも無かった。

「いいか。今日からここがお前たちの家だ。ここの中で暮らすんだぞ」

役所の人は、それだけ言うと、バスの運転手と共に大急ぎでバスの中に戻ってしまった。そして、バスの運転手は、急いでエンジンをかけると、その場を離れようとしていた。

「ちょっと待って。ここで暮らせと言われてもどこで暮らしたら良いんだ?」

「周りじゅうゴミしかないんですけど」

バスから降ろされた人たちは、出発しようとしているバスの前に立ちはだかって文句を言った。

「そこらへんに転がっているゴミの中に暮らせそうなところはいくらでもあるだろう!あっちの洗濯機の中だって人1人ぐらい寝れるだろう。向こうの大型コンテナの中だって一家族十分に暮らせるだろう。暮らすところなど自分たちで工夫しろ!」

役所の人は、バスの窓を開けると、外の貧民たちに向かって叫んだ。

「わかったら、さっさとバスの前の道を空けろ!ここは臭くてたまらん!俺たちは一刻も早くこの場から立ち去りたいんだから」

役所の人は、自分の鼻をつまみながら、外の貧民たちに叫んだ。

貧民街のゲートにいた守衛たちがやって来て、バスの前に立ちはだかっていた貧民たちを追い払った。大型バス2台は、ゲートをくぐると貧民街の中から走り出して、どこかへと帰ってしまった。

「さて、どうしますか」

「どこか住めるところを探さなくては・・」

後に残された貧民の人々は、貧民街の中、ゴミが散らかっている空き地の中央に立ち尽くしていた。

貧民街の生活につづく

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