今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

熱海の夜

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「今日は、熱海に行くからな」

お父さんは、ゆみに言った。朝ごはんを食べ終わると、祥恵はヨットを出航する準備をして、稲取の港を出航していた。

「熱海!熱海ってお金持ちの人がいっぱいいるところ?」

ゆみは、お父さんに聞いた。

「別に、お金持ちの人がいっぱいいるわけではなくて、観光客がいっぱいいるリゾート地でしょう」

祥恵が、ヨットのティラー、操船をしながら、ゆみの言葉を訂正した。

「ええ、すごそうな街!」

ゆみは、ヨットが熱海の街に近づいてきて、海から見える熱海の街に驚いていた。祥恵は、熱海はお金持ちの街ではなく、観光客の多い街だと言っていたが、今海から見えている熱海の町並みは、どう見てもお金持ちの町だった。

「本当に、昨日の稲取とかの町よりも大きな町ね」

お母さんも、海のヨットから見えている熱海に驚いていた。昨日の稲取なんかは、海から見ると、山の中の海面の一部に突堤があって、その中に入港するとやっと小さな港があることがわかるような感じだった。しかし、熱海の街は、遠く離れた海からも、山の高いところまで白い建物がいっぱい建っているのがわかり、その建物が下のほう、海面まで広がり、海面の辺りには大きな建物だらけなのがわかる。

「大きな街だからな」

お父さんは、ヨットの前方に寝転がって、ひなたぼっこしていた頭を持ち上げて、後ろに振り返って、お母さんたちに答えた。

「今夜は、あんなすごいところにお泊まりするの?」

「それほど、すごいってわけじゃないわよ」

祥恵は、驚いているゆみに言った。

「お姉ちゃんは、ずいぶんお金持ちのお嬢様みたいね」

お母さんは、祥恵がゆみに熱海なんて大したことないと言っているのを聞いて、笑顔で突っ込んでいた。

「え、だって、別にうちはあそこに建っている高級ホテルとかに泊まるわけじゃないでしょう。普通に熱海の港でも、港の中に泊めたヨットのキャビンの中に泊まるだけじゃない」

祥恵は、ヨットのティラーを操船しながら、お母さんに答えた。

「ちょっと、熱海の街を歩いてこようか?」

ヨットが熱海の港に停泊すると、お母さんがゆみを誘った。

「うん」

ゆみは、お母さんに誘われて頷いた。

「歩きに行くのなら、俺らも行くよ」

お父さんは、お母さんに言った。

「ついでに、街に出たら、どこかでお昼の食事をして帰ってこよう」

お父さんは、お財布を持ってヨットから熱海の港、陸地に上陸した。

「え、外に食べに行くの?」

「ああ、ヨットに来てまで、毎日食事の準備しているのでは、お母さんだって大変だろう」

お父さんは、祥恵に返事した。家族皆は、熱海の街に出かけていくと、熱海駅前にあったラーメン屋さんに入って、そこで昼食になった。

「午後からあっちの美術館に行ってみようか」

お父さんは、ラーメンを食べ終わると皆に言った。お父さんを先頭に、熱海の海岸沿いを歩いて行った先にある美術館の建物を目指す。

「なんか、今日お父さん、すごいサービス良いじゃない」

祥恵は、先頭を行くお父さんに追いつくと、声をかけた。

「ほら、昨日とかずっと伊豆の田舎の港しか案内していないだろう。だから、せっかく都会の港にやって来たときぐらい、お母さんやゆみに観光地を案内しておかないと、普段ヨットに乗らない人たちは、来てもおもしろくなくなってしまうだろう」

「ふーん、家族サービスか・・」

祥恵は、お父さんの返事を聞いて頷いていた。お父さんは満足そうだった。

「あ、かわいい犬!」

「本当ね。可愛らしいワンちゃんだわね」

美術館の中で、最初のほうの順路にあった絵を見たゆみやお母さんは、絵に感動していたが、だんだん先のほうに進んでいくと、絵の内容をよく理解できないでいた。

「これ、何の絵なの?」

「そうね。何の絵かしらね」

お母さんは、ゆみに聞かれて、うまく返事できないでいた。熱海の美術館は、現代アートが中心の美術館なので、ほとんどの絵が具象でなく抽象画だった。

「これ、なんかラザニアの上の具みたい」

ゆみは、ひとつの絵の前で感想を言った。ちょうど赤やらオレンジ、グリーンの模様がケチャップのかかったラザニアの具材のようだったのだ。

「そうね。ラザニアといえばラザニアのようにも見えるわね」

お母さんは、ゆみに返事した。

「いや、ゆみがラザニアに見えるのだったら、この絵はラザニアで良いんだと思うぞ。抽象画というのは、見る人たちによって、それぞれ好きなものに見て良いのだから」

お父さんは、ゆみに言った。

「なんか、お父さんすごく芸術家ぶっているじゃない」

およそ芸術とは無縁っぽいお父さんが芸術を語っているので、祥恵がからかっていた。

「祥恵は、この絵は何に見えるんだ?」

「え、私・・」

祥恵は、お父さんに言われて改めて絵を見つめ直してみた。

「あ、いけない。ゆみが初めにラザニアとか言うから、私もなんかどうしてもラザニアの具材にしか見えなくなってしまう」

「はは、そうか。実は、俺もゆみのラザニアが頭から離れなくてラザニアにしか見えなくなっていたんだ」

お父さんも祥恵と同じ感想だった。

「じゃ、あっちの絵は?」

「うーん、あれはジャングルの草原とか・・」

祥恵が、ゆみが答える前に答えた。

「あたし、ミートソースのパスタに見える!」

ゆみが答えた。ゆみのその感想の後だと、

「確かに、ミートソースっぽいわね」

「俺にも、ジャングルの草原よりはミートソースに見えるな」

お父さんたちが感想を言った。

「ミートソースとか言われると、私までジャングルよりミートソースに見えてきた」

祥恵も、初めの感想を訂正した。

「ゆみ。けっこう的を得た感想を言っているのね。ぜんぶ食べ物ばっかりだけど」

「ゆみちゃん、けっこう芸術見る目があるわよね。学校でも男子しかやらない木工の授業とかも得意らしいし」

お母さんが言った。

「うん。芸術系のないうちの家族で、ゆみだけが結構芸術的センスを持っているかもね」

祥恵も、お母さんの考えに同意した。

「今夜は、何を食べたい?」

「ラザニア!」

美術館から港に停泊しているヨットへの帰り道、お母さんがゆみに聞くと、ゆみは真っ先にラザニアと答えた。そして、その日の今井家の夕食は、帰り道沿いにあったスーパーで買ったラザニアになったのだった。

初島につづく

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